April 18, 2014

うさぎと私と奇跡のコース①


今回は私の奇跡のコース体験談を書いてみようと思います。


黄色い花黄色い花黄色い花


突然ですが、3月に7年飼っていたうさぎが亡くなりましたウサギ

名前はパティといいます。


1月ごろに耳から出血し、

病院でみてもらうと外耳炎ではないかとのことでした。

耳の奥にぽこっと何かの塊がある感じです。

その後何度か通ったのち、経過観察になりました。


しばらくは普通に暮らしていましたが、

3月の初め、急にパティの首が傾きはじめました。

それがあれよあれよと傾きがひどくなり、

バランスが取れなくなり、まっすぐ歩けなくなりました。

ゲージの壁に寄り掛からないと体を保てない状態です。

それでもおしっこやフンをするとき、

いつもの習性でちゃんとトイレにいこうとするのでその度にバタンバタンと転びます。

下を向いている側の目は圧迫されあまり見えていないようで、

ボトルから水を飲むこともできません。

浅い皿に水をいれて置いておきますが、

転んで皿をひっくり返してしまうことも多く危ないため、

家族の誰かがなるべく見ているようにしました。


うさぎの7歳は結構高齢で、

さすがにこの状況から「死」を思いました。


夜は遅くまで一緒に過ごしました。

水をあげたり餌をあげたり、フンやおしっこを片づけたり。

首が曲がったままなので固まらないようにマッサージをしたり。


そうしてそばにいながら、私はよく奇跡のコースを読んでいました。

その頃何気なく読んでいた部分には、「癒し」のことがたくさん書いてありました。

「死」を前にして、いつも以上に真剣に読んでいた私に一つ一つの言葉が深く深く響いてきました。


そして私は本気で聖霊に思いました。


「パティの本当の姿を見せてほしい」


死や苦痛、不安や怖れ、

これは私が見たい世界ではない。


病気や苦痛を見ているのは、私はパティに罪をみているようなもの。

もっと言えば、実は私が何らかの罪悪感を感じていて、

この世界に投影しているということ。


私は間違って見ている。

聖霊に訂正を求めました。


「本当の姿をみせてほしい」


すると、今見ているパティの姿の奥に、

何ともいえない平安の感覚を感じ始めました。

表面では”病気”をもっている肉体のパティを知覚しているけれど、

何も苦しんではいない、

純粋で無辜(罪が無い)な形のない光も感じていました。


とても安心感のある温かい感覚でした。


奇跡のコースにある

「あなたに罪のないことは神によって保証されている」

という言葉が何度も思い出されました。


投影しているものは私の中にある。

私は自分自身を振り返りました。

日々の中でちょっとした瞬間にでも、

自分を攻撃したり責めてしまうことがたくさんなかっただろうか?


私はパティに約束しました。


「この先、本気で、私は全ての怖れ、罪悪感をゆるしていくよ。

また不安や怖れを感じた時はすぐに気づいて手放していくよ。」


怖れは幻想をリアルにしてしまうし、

罪悪感は外の世界に攻撃を見てしまうことになる。


聖霊の声だけをきいていこう。

聖霊に預けてゆるしていこう。


改めて心の底から決意しました。


そしてふとパティを見てみました。

目がうるうるしていました。

涙を浮かべているようにも見えます。

(首が90度傾いていますが、上側の目はきちんと開いて見えています)


「ありがとう」


そう言ってるような気がしました。


何ともいえない幸せで温かい気持ちになりました。




その次の日晴れ


朝起きると、なんと壁に寄り掛からず1人で座っているパティがいました。

しかも首も90度から15度くらいまで戻っていますビックリマーク

まだ動くと転ぶけど、

「このまま良くなっていくんじゃないか」

そう感じるくらいの変化でした。


まるで奇跡みたい。


そんな姿を見せてくれたパティですが、

その2日後ついにお別れの日がやってきました。




次の記事に続きます。




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kitanomori26 at 15:06│ACIM/奇跡のコース