2012年08月26日

コオさんに聞いてみた!②『宗教なの?』



質問コーナー

『コオさんに聞いてみた!』続きですカラオケ


本日はよくいただく質問を取り上げます。天使


サイトでは「奇蹟のコース」を次のように紹介しています。


「1965年夏、当時コロンビア・プレステビリアン病院の心理職にあったヘレン・シャックマン氏に内なる声として語られた内容を筆記したテキスト。テキスト、ワークブック、教師のためのマニュアルの3部からなり、欧米を中心にこの実践によって人生が変わったという人たちがたくさんいる。2010年には邦訳が出版された。イエス・キリストが聖書の完成を目的として私たちに再度語りかけたとされるこの内容は、人間存在をスピリチュアリティの視点から再認識する上で欠かすことのできない重要な示唆を含んでいる。」


これをみると「イエス・キリスト」という名前がでてきますので、

これは宗教なのか?という印象をもたれると思います。


質問もよくいただきますので、コオさんに聞いてみました。


女の子奇蹟のコースは宗教なのでしょうか?



カラオケ※コオさんのブログに「奇蹟のコースは宗教なのか?」という記事があるのでまずそちらを転載させていただきます。

「イエスの教え=キリスト教。という感じでアタマに入っている人が多いと思います。

私もそうでしたし、クリスチャンでなければイエスのこともよく知らないし、イエスって本当にいたの?という質問まであるかもしれません。

ところが「キリスト教には興味がないけど、イエス・キリストはなんとなく好き」とか「天使、マリア様は好き」という人たちは意外とたくさんいるように思います。

そう、そこには普遍的な愛と呼べるものがあるのですから。

私たちは何も学んでいなくても愛には魅かれますし、通じ合えます。。。
動物たち、植物たちに魅力を感じる人は、わざわざことばになどしなくても何か心が通じ合える関係をきっと体験しているはずです。

うちの犬のビビアンも毎朝、「何もこんなに喜ばなくても、昨日もずっと一緒だったじゃないか」と思ってしまうほど、まるで長年思い続けてきた恋人にでも会ったかのように喜びを表してくれます。

おかげで朝から本当に楽しい気分になれます。「ビビアン、ありがとね。僕も大好きだよ」ってどんなに気分が落ち込んでいたとしても(←あんまり落ち込まないですけど)普通に思えます。

自然の世界には聖霊の現われ=永遠の愛がありますね。ビビアンは永遠の愛を顕してくれています。そしてそれは人間が顕すこともできるよ、とイエスは伝えたい、正確に言えば思い出してほしい、のだと思います。

そのことを思い出すにはこうしたらいいんだよ、というユニークな、そして伝統的、ある意味東洋的といってもいいかもしれないような、心の訓練方法とその基礎となる世界観=哲学を伝えてくれているのが現時点の私が理解している奇蹟のコースです。

果たしてこれは宗教なのか?

私にとっては明確にNOです。

もし宗教ということばが新しい枠を「強制」するもの、というニュアンスを含むのであれば、ですが。

宗教がすべての人に愛をもたらそうとするもの、というニュアンスであれば
今度はYESです。

目に見えない何かを信じることが宗教だというのであれば微妙にYESです。
見えないものを見る人たち、何かを感じる人にとっては信じているのではなく、
知っている、ということになるでしょう。

…つまり「宗教」という言葉の定義によって答えは変わってしまいます。

ただ、そういう意味で「知る」ためにはどうしたらいいのか?が明確に示されているのが奇蹟のコースであり、他のさまざまな聖霊によってもたらされたグノーシス=密教的な教えの体系なのだと私は理解しています。

*お話会でも触れましたが奇蹟のコースは The(唯一の) ではなくて
  A (ほかにもたくさんあるうちの一つ) Course in Miracles です。

また「人間の一切の自由を奪わない」というのは聖霊の教えの中心にあると私は思っています。人間は「自由を奪われること」には違和感を感じるものではないでしょうか?

私は常にそうでした。だから学校が苦手でしたし、あらゆる種類の集団が苦手です。

でも寂しがりでもあるのでつい何かの集団に入ろうとしたりしてしまいましたが。

奇蹟のコースは出家を強制したりすることはもちろんありません。何かの自由を奪うことは決してありません。それは自分の自由を奪うことだから。

他者に行うことはすべて自分に行うことだから、自分のしてほしいことを他者に行う。
自己犠牲とは違います。

自分を犠牲にしたら他者を犠牲にすることになるのですから。

『私はあなたである、あなたはわたしである。』

これを地上で生きるチャレンジ、それをやろう、という人たちと私は出会いたいのです。

してどうしたらうまくできるのかな?ってお互いにアイディアを出して考えていきたいな、と思ってクラスを主宰しこれをライフワークにしつつあります。

自分でした質問に答えるつもりでなんだかひとりごとみたくなっていますが
ここまでお付き合いくださって、ありがとうございます。

ということで・・・

奇蹟のコースが宗教かどうかについての私の答えは上に書きましたが、
あなたの答えはあなたが決めるんだよ、というのが奇蹟のコースを学ぶものの答えだといえるかな。」


(ブログの転載ここまで)


(コオさん)

奇蹟のコースは宗教なのか?というのは重要な質問です。

なぜならそれは本当の質問であることはほとんどなく「質問の形をとった神への怒りや哀しみの表現」であることがほとんどだからです。
そしてそれを癒すために奇蹟のコースが書かれました。

神は永遠に愛である、神から生まれたこどもたちも一人残らず全員が例外なく愛である。

このことを本当に知りたいと思うかどうかが唯一の、そして最後の選択です。





コオさん、どうもありがとうございました!

質問コーナー③「奇跡とは?」に続きます音譜









kitanomori26 at 16:50│ ACIM/奇跡のコース 
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